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高松地方裁判所丸亀支部 昭和30年(ワ)105号 判決

原告 小西芳静 外一名

被告 松本輝 外一名

主文

被告等は各自

原告小西芳静に対し金二十万円及び之に対する昭和三十年十二月七日以降右完済に至るまで年五分の割合による金員を、

原告小西コスエに対し金十五万円及び之に対する右同日以降右完済に至るまで右同割合による金員を、

各支払え。

原告等その余の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告小西芳静と被告等との間に生じた分は三分しその二を同原告のその余を被告等の、原告小西コスエと被告等との間に生じた分は四分しその三を同原告のためその余を被告等の、各負担とする。

この判決は右第一項に限り被告等に対し原告小西芳静は各金七万円、原告小西コスエは各金五万円の各担保を供するときは仮りに執行することができる。

事  実〈省略〉

理由

訴外亡小西タヘは昭和三十年一月二十四日午後零時半頃友人訴外大西芳枝の操縦する自転車の後部荷台に同乗して香川県琴平町と同県豊浜町を通ずる県道上を西より東に進行中、観音寺市粟井町字常次八百三十七番地の一高島一郎方前附近に於て反対方向より進行してきた被告松本の運転する普通貨物自動車とすれ違つた際、右大西良枝の自転車が転倒し亡タヘは路上に投出され、右自動車の下敷となり頭部及び右上腕部に重傷を負い、因つて同日午後七時頃脳震盪及び出血多量のため死亡したことは当事者間に争いのないところである。

よつて右は被告松本の過失によるものであるかどうかを按ずるに、自転車が砂利の中に乗り込むときは車輪の自由を失い転倒して不測の事故を招来し勝ちであるから、自動車運転手は常に路面に注意し、路傍に砂利の推積している個所で自転車とすれ違う際にはできるだけ自動車を反対側に片寄せて自転車が砂利の中に乗入る要なく安全に通過できるようするとともに自転車が砂利の中に乗入つて転倒しても直ちに停車して衝突接触等の事故を未然に防ぐことができるよう減速して進行しなければならない注意義務があると解すべきところ、成立に争いのない甲第一乃至第八号証と検証の結果及び証人大西良枝、清田誠の各証言並に被告本人尋問の結果を綜合すると、本件事故現場附近道路は蛇行してはいるもののその度は比較的緩慢にして見通しも百米近くに及び、その道幅も約六米あるのであるが、当時その北側には砂利が約二米巾に押寄せ堆積されていてその上を自転車で通行することは困難な状態にあつたところ、訴外大西良枝は被害者亡タヘを同乗させた自転車を操縦して右道路の中央附近を東進して来たが約百米前方に対向してくる被告松本運転の貨物自動車を認めたので自己の進行方向に向つて左側に当る右砂利の方に寄りその内側の砂利のないところをそのまま前進を続けた。一方被告松本は普通貨物自動車を運転して時速四十粁位で西進して来、四十米位手前に至つて対向してくる訴外大西良枝の自転車を発見したが当時被告は道路の中央附近を進行していたためその自動車の進行方向に向つての右側面と前示砂利の道路中央寄り端との距離は僅かにして自動車がそのまま真直ぐ進行すれば右砂利の内側を対向してくる訴外人の自転車と接触するか少くもその危険甚だ大なる状態にあり、しかしてその危険を避けるには同訴外人は右砂利の中に乗入れざるを得ず、乗入れれば砂利に自由を奪われ転倒して同被告の自動車と衝突若しくは接触する虞れがあつたのに同被告はそれらのことに全く意を用いなかつたため、これらのことに気付かず、よつて本来であればその左側が空いていたのであるからハンドルを左にきつて同訴外人が砂利の中に乗入れずとも安全に通過できるような措置を構ずることができたにも拘らず、その措置をとらず、また同訴外人が若しも転倒したときには直ちに停車して不測の事故を防ぐことができるようその際適宜に減速すべきであつたにも拘らず、それさえもなさずそのまま慢然として真直ぐに同一速度で前進したため同訴外人は危険を感じ止むなくハンドルを左に切つて前示砂利の中に乗入れたところ、忽ち砂利に自由を奪われ道路中央側に横転し同乗していた亡タヘは道路中央に向つて投出され頭部を道路中央方向にして倒れたところ被告松本はその直前同訴外人の自転車がふらつくのを認めて初めて危険を感じ急いでハンドルを左に切つたが間に合わず当事者間に争いのない如くその自動車によつて亡タヘを轢き前示の通り傷害を与え遂に死亡せしめるに至つたものである事実が認められる。証人大西良枝、清田誠の各証言及び被告松本本人尋問の結果中右認定に反する部分は措信しない。しかして右認定事実によれば被告松本が前示注意義務を尽さなかつたため本件事故を起すに至つたものであること明らかであるから亡タヘの死は同被告の過失によるものと断ぜざるを得ない。

しかして被告安永製瓦有限会社は右被告松本輝雄を自動車運転手として雇用しているもので右加害自動車もその所有に係るものであること当事者間に争いないところであり且つ成立に争いのない甲第一、二、三、八号証と証人清田誠の証言及び被告松本本人尋問の結果によると同被告は被告会社の命令でその社長の選挙応援のためと傍ら会社の瓦製造用器具を運搬の途中本件事故を起したものであることが認められるので、被告松本の前示不法行為は同被告が被告安永製瓦有限会社の業務の執行に関しなしたものというべく従つて被告会社は原告等に対し被告松本と同様の損害賠償義務あること明らかである。

よつて進んで原告等の蒙つた損害の有無多寡について按するに、原告芳静本人の尋問の結果によると、同原告は亡タヘの入院治療や葬儀法要のために合計金八万千五百八十九円を支出したことを認めるに足り、しかして後に認定する如き同原告の地位身分等に鑑みるときは右は必要且相応な支出と解すべく、そうして同原告が香典として金一万五千八百円を収受したことはその自認するところにして、されば同原告は差引金六万五千七百八十九円の損害を蒙つたことになる。しかしながら一面において、自転車に同乗する者がその後部荷台に跨ることなくその一方に両脚を揃えて腰掛けるときは兎角自転車の安定を失わしめる虞れがあり特に自転車がその者の背後の方向に倒れた際には極めて危険であるからそのような乗り方をしてはならないのに拘らず被害者亡タヘは事故当時訴外大西良枝の自転車の後部荷台にその両脚を一方に揃えて腰掛けていたものであること当事者間に争いのないところにして、しかして本件事故の際同訴外人の自転車が被害者タヘの後方に倒れ同女は道路中央部に向つて投出されたために被告松本の自動車に轢かれるに至つたものであること前に認定した通りであり、その外成立に争いのない甲第五号証と証人大西良枝の証言によると被害者タヘを同乗せしめていた訴外大西良枝は嘗つて成人を同乗させた経験はなく且その操縦していた自転車も乗り馴れない原告方の男乗り自転車であつたのであり、このことも同訴外人転倒の一因となつていることが窺えるし、また被害者タヘは被告松本の貨物自動車が対向してくるのを認めて危険を感じながら単に片寄るよう同訴外人に注意したのみで慢然同被告に於てよけてくれるものと期待し停止下車した待避することなくそのまま進行したため本件事故に遭うに至つた事実を認めることができる。されば本件事故については被害者側にも幾分の過失が存したものというべく従つてこの過失を相殺すると被告等は原告芳静に対し前示損害金六万五千七百八十九円のうち金五万円を賠償する義務あるものとなすのが相当である。

次に原告等の慰藉料請求についてみると実子たる亡タヘの本件不慮の死亡によつて原告等が甚大な精神的苦痛を蒙つたであろうことは原告等各本人尋問の結果を俟つまでもなく明らかであり、しかして成立に争いのない甲第三、五、七、八、十号証と原告等及び被告松本各本人尋問の結果を綜合すると、原告芳静は寺院住職にして原告コスエとの間には外に三男三女があり、その長男は大学を卒業して高等学校教員をしている中流家庭にして被害者タヘは当時満十九才の未婚女性で高等学校を卒へ目下家事等修得中の者であつたこと及び被告松本は二十二才の独身青年にして資産はなく現在自動車運転手として月収九千五百円位を得ておりその父兄は田畑五反位を有して農業を営んでいるものであること、同被告は本件事故後原告等に謝罪して香典三千円を供した外本件事故のため罰金二万円に処されたこと被告会社は右罰金を被告松本のために納付したことをそれぞれ認めることができるのであり、それらの諸事実並に本件事故については被害者にも前述の如き若干の過失の存することその他本件弁論に表われた一切の事情を斟酌して考えると、原告等の精神的苦痛に対する慰藉は各金十五万円を以てするのが相当である。

なお原告等は被害者亡タヘ自身のその生命侵害に対する慰藉料をも請求するもこれが容認には被害者自身に於てその請求の意思を表明したことを要すると解すべきところ本件全証拠によるも遂にこれが請求の意思が表明されたとの事実を認むるに足りないので爾余の点を判断するまでもなく右の点についての請求を容認するに由ない。

また原告等は亡タヘは将来結婚して中流家庭の主婦となり家事に従事しその労働の成果を夫と共に享受すべきものなるところその労働の成果は女中又は家政婦のそれと同一にして、しかして女中又は家政婦の給料は月五千円が相当であるから同女の労働の成果も右と同額の価値を有する筈であり、されば同女はそれから必要経費を差引いた年三万円の割合による金員相当の利益を喪失したわけであるとしてその賠償を求めているけれどもおよそ結婚した家庭の主婦がその家庭のために家事等につきなす労働は形式に於て女中又は家政婦のそれと相似た点の存することは明らかであるがその実質に於ては両者は必らずしも同一ではなく、後者はその労働の対価として経済的な収益即ち金品による報酬を得ることを主たる目的とし且つ現実においても殆んど金銭によつてそれを得ているものであるに反し、前者は直接的には何ら経済的利益を目的とすることなく、それは専らそれ自体として自らの家庭生活の維持発展を計ることを目的としてなされるいはば自己目的々乃至本然的なものであるから、その労働に対しても原則として何ら現実に金銭を以てその対価が支払われることもないわけであつて、その成果の享受は本質的にみて全く非財産的な利益にすぎないのである。されば主婦の労働を以て女中又は家政婦の労働と同視し、その成果の享受の喪失を以て女中又は家政婦の給料の喪失の場合と同日に論ずるのは誤りであるから、原告等の右の点に関する請求は爾余の点を判断するまでもなく容認できない。

してみると被告等は夫夫原告芳静に対し金二十万円原告コスヱに対し金十五万円及びこれらに対する本件訴状が被告等に送達された日の翌日たること記録上明らかな昭和三十年十二月七日以降右支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を各支払う義務があるわけである。よつて、原告等の本訴請求は右の限度において理由があるのでその部分についてはこれを認容するけれども、その余の部分は理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条、第九十二条、仮執行の宣言について同法第百九十六条をそれぞれ適用の上、主文の通り判決する。

(裁判官 合田繁雄 坂上弘 村上幸太郎)

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